大判例

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東京地方裁判所 平成3年(ワ)11943号 判決

原告 小嶋鉄治

右訴訟代理人弁護士 鶴田岬

同 早水暢哉

被告 日本競技ダンス連盟東部総局

右代表者局長理事 桝岡肇

右訴訟代理人弁護士 後藤孝典

同 渡辺博

主文

一  原告の訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする

事実及び理由

一  原告は、「被告が平成三年三月三日午後七時三〇分より東京都千代田区〈番地略〉石川第二ビル内において開催した緊急理事会における原告の被告会員資格を三年間停止するとの決議は無効であることを確認する。」との判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

1  被告は、日本競技ダンス連盟(以下「連盟」という。)傘下の組織であると同時に連盟とは独立した団体であって、連盟も被告もいずれも、競技ダンスの技術の向上、ダンス競技の選手権制の確立、ボールルームダンスの普及と発展等を目的とする権利能力のない社団である。

2  原告は、昭和二七年頃設立された連盟西部総局の原始会員となったが、昭和四二年頃被告(東部総局)に移籍し、それ以来被告の会員である。

3  原告は、昭和二六年頃に社団法人日本社交舞踏教師協会からボールルームダンス教師の資格認定を得、昭和二一年頃から昭和四四年頃までボールルームダンスの競技選手として活躍し、昭和三八年から昭和四三年までは全日本モダン・ラテン・チャンピオンであった。現役競技選手引退後は、被告を含む業界の各種団体の役員や各種競技会の審査員等を歴任しつつ、後進の育成にあたっており、有楽町と赤坂でダンススタジオを営む株式会社小嶋を事実上主宰している。

4  原告は、インターナショナル・カウンシル・オブ・ボールルーム・ダンシング副会長、社団法人日本社交舞踏教師協会常務理事、ドイツダンス教師協会名誉顧問、中華民国標準舞踏協会名誉顧問、中華人民共和国スポーツダンス協会名誉顧問、韓国全国ボールルームダンス協会最高終身名誉顧問等々、内外の業界各種団体の現に役員であるか或いは役員であった者であって、斯界の重鎮である。

5  被告の理事は現に約三五名(内常任理事九名)であり、原告もかつては被告の理事であったが、平成元年度のスーパーカップに際して、原告が指導している競技選手の採点を有利にするために、外国人審査員に対し原告が働き掛けをしたとの虚偽の流言が流布されたことが災いして、同年の理事選挙に落選し永年の間保持し続けた被告の理事の地位を失った。

6  原告は、本件被告代表者である桝岡肇(以下「桝岡」という。)個人を相手として、平成元年九月二九日、名誉信用等回復請求調停申立をしたほか、その後本件被告の会員である永井文雄を被告として慰謝料請求訴訟を提起し、さらに平成三年二月七日頃、桝岡を被告として、名誉毀損の責任を追求する民事訴訟を提起した。

7  被告から原告に対し、平成三年三月二日到達の書面により、それより先本件原告訴訟代理人が被告宛に送付していた懲戒に関する事情説明書に関わる事項を議題とする常任理事会を右書面到達の日の翌日である同月三日の午後四時から、同じく緊急理事会を同日午後七時三〇分から、いずれも被告の事務所において開く旨の通知がなされた。原告も出頭した常任理事会の席上、原告が六か月間謹慎すること等を内容とする調停案が示され、原告は、これを書面にしないことを条件として受託したが、引き続き開催された緊急理事会では利害関係人である原告の出席を禁じてその弁明の機会を与えることなく、原告の会員資格を三年間停止する旨の議決(以下「本件決議」という。)がなされ、被告から原告に対し、同月九日、「懲戒処分通知書」と題する書面が送付された。

8  右懲戒処分通知書の記載によれば、被告の理事会は、原告の会員資格を平成三年三月三日から三年間停止するとの決議をしたが、その理由は、原告が、平成三年三月の被告理事選挙が公正ではなかったかの如く被告とその会員を中傷誹謗して被告とその会員の面目を毀損し、被告団体内の紛争は被告の理事会による調停により解決すべきあるとの定款の定めや慣行に違反して、被告代表者や被告の会員に対して次々と徒らに民事調停や訴訟等を提起して被告の統制を乱したためであって、会員たる資格の停止とは、被告団体内での選手権と被選手権の行使、総会その他の会議や委員会への参加や議決権の行使、被告の施設を利用し行事に参加し、情報の提供を受けること等被告の会員として認められる諸権利の行使を停止されることであるとのことであった。

9  しかし本件決議は次の理由により無効である。

(一)  被告の定款に定める懲戒事由は、被告の面目を毀損しその統制を乱し或いは会員たる義務を怠ったこと等であるが、原告は、それらの懲戒事由にあたる行為をしたことはないし、右の懲戒処分通知書に懲戒事由として記載されている行為である被告とその会員を中傷誹謗行為をした事実もない。原告は、濡れ衣を晴らすために被告に対して流言飛言についての調査等を求めたが、何らの措置もとられなかったので、やむなく被告団体ではなく桝岡ら個人を相手に裁判手続をとったのであって、被告を相手に敵対行動をとったことはないし、前記7のとおり常任理事会における調停には応じる意思を示した。

(二)  本件決議の内容は会員資格を三年間停止するというものであるが、被告の書面による説明によっても、その具体的な内容は不明確であって恣意的な拡大解釈も可能であり、一時的にしろ除名処分と同等の不利益を課すこととなりかねない。被告の定款によれば、除名処分は総会の決議事項、戒告と資格停止は理事会の決議事項とされているから、形式的には被告の理事会が本件決議をなし得るとしても、実質的には除名処分と同等の懲戒処分を理事会がなし得ることとなって手続的にも違法である。のみならずこのような重大な結果をもたらす懲戒処分を被処分者である原告に弁明の機会を与えることなく課するのは、これまた手続的に違法である。

(三)  本件決議は、被告の代表者である桝岡と原告との間の個人的紛争に、桝岡が被告代表者たる地位を利用して不当に介入した結果なされたものであって、著しく公正を欠き違法である。

二  被告は、本件決議の無効を宣言することによって解決されるべき法律上の紛争は存在しないし、本件決議の当否の如きは、被告団体内部の自治的自律的解決に委ねるべき事柄に属し裁判所が容喙すべき事柄ではなく、本件訴訟は訴訟要件を欠くことを理由に、訴え却下の判決を求めた。

三  当裁判所は、当事者双方の主張及び証拠(〈書証番号略〉、原告)を検討した結果、本件決議の当否等は任意団体である被告団体の内部において自治的自律的に解決すべきであって裁判所が介入すべき問題ではなく、本件決議の効力の有無は司法審査の対象とはならないから訴訟要件を欠くと判断する。その理由は次のとおりである。。

被告を含む八地方総局を包括する連盟と被告の定款等によれば、連盟と被告は、ボールルームダンスの普及と発展並びにその技術の向上等を目的として、わが国におけるその選手権制を確立すべく各種競技会を開催してその選手権を公認する等の事業を営み、あわせて諸外国との交流を図る他、会員等に情報を提供すること等を行っている任意的な団体である。このような任意的な団体の内部の事柄については、格別の事由のないかぎりは、原則としてその自治と自律に委ねるべきである。

確かに、人格のない任意的な団体についても、その会員たる地位の存否又はその地位を奪う団体内の決議が、著しく社会生活上の権利等を奪うことになるような場合については、司法審査の対象となることもあり得る。しかし、被告の会員たる地位に伴う権利は、〈1〉被告の事業につき優先権を享受し、調査研究その他の資料を利用する権利、〈2〉被告の執行機関に意見を具申し総会に出席して自由な発言をする権利、総会議決権、役員立候補権及び投票権、〈3〉理事会の承認を得て審査委員会に入会できる権利(被告定款第八条、同九条、被告審査員会施行細則第二章)であって、それを奪うことが著しく社会生活上の権利等を奪うことになるとは言い難い。

なお、原告は、本件決議により、原告がオーナーとなって事実上支配している株式会社小嶋(以下「原告の会社」という。)が有楽町と赤坂において営むダンススタジオの売上が大幅に低下するなどして、現実にも被害を受けたと主張した。原告の会社のダンススタジオに所属していた優秀なダンス教師が、被告の会員としての資格を停止されてしまった原告の下に留まることにより、将来競技会に出場して好成績を収める機会を失うことを懸念して次々と退職し、そのために辞めてしまった教師らに付いていた生徒(客)が来なくなってしまったのがその原因であるというのである。しかし証拠(〈書証番号略〉、原告)によっても、原告の会社が営むダンススタジオの売上が本件決議後に目に見えて減少したとの事実は認められないし、本件決議後に退職したという七名のダンス教師は、いずれも本件決議とは関係がない他の原因で辞めたのであり、本件決議が直接的又は間接的な原因となって退職したものと認めることができない。まず藤井雅明、藤井明美は独立してダンス教室を開くことが退職理由であり、粟虹については通学していた専門学校が勤務していたダンススタジオから遠いというのが辞めた理由であるし、迎孝については女性問題をめぐるトラブルが原因であった。また繩田均は本件決議以降の平成三年三月四日に入所したものであるからその退職理由が本件決議と関係がある筈がない。原告の名声が優秀な教師の確保にとって有益であることは容易に想像し得るが、被告団体の会員たる資格の停止を解かれることによって、当然に原告の名声が回復されるものでないこともまた言うまでもない。すなわち、原告は、かつて被告や連盟が開催した競技会において選手として活躍しタイトルを保持して名声を博し、現役引退後は被告や連盟が開催した競技会における審査員や審査員長となって業界において重きをなしたが、原告がそのような地位を保持することができたのは、原告が被告の一会員であったがためではなく、原告の永年にわたる業界における輝かしい実績の蓄積が証明した技能、人格、評判等の故であって、被告の会員たる資格の停止が解けたとしても、当然にこれらの栄誉ある地位を回復できるわけでもない。

以上によると、本件紛争は、被告団体の自治的自律的解決に任せるべきであって、本件決議の有効無効は裁判所による審判の対象となるものではないから、原告の本訴訴えは不適法であり却下を免れない。

(裁判長裁判官 高木新二郎 裁判官 佐藤嘉彦 裁判官 釜井裕子)

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